なぜ今株か?

はじめに

 今、なぜ株式投資をすべきか? なぜ、個人が、リスクをとってまで資本家になる必要があるのか? を考えるには、「地球上で今何が起きているのか」を体系的に理解する必要があります。ここでは、「資本家になって株式投資を行う」上での、根幹となる意図を示します。

戦後の日本経済

 戦後の日本経済では、当局の産業金融政策に従って、銀行が特定企業に集中的に資金を貸与し、それを元に製造業各社が、弛まぬ努力と創意工夫によって付加価値の高い製品を作り、世界中に輸出することで、巨額の経常黒字を計上し続けました。この結果、今日の物質的に豊かな日本社会が築かれましたが、これは、連合国側(米国)が冷戦を勝ち抜く過程において、日本の国を富ませ、その赤化を防ぎ、共産圏への防波堤とする必要があった事に大きく起因します。
 この間、企業は銀行からの間接金融によって、事業資金を確保するとともに、銀行や関連企業に出資し、互いの株式を持ち合うことで、経営の自由度を高め、強固で安定的な日本株式会社(=日本社会)を作り出しました。つまり、銀行に対しては利息をきちんと支払っていればいいし、持合株式を保有する資本家からリターンを要求されたりすることはありませんでした。 右肩上がりで経済が成長していく中、日本国はグローバル資本の脅威を受けることもなく、終身雇用・年功序列の安定した会社(=社会)の存在が許される時代が続いたのです。

バブル崩壊

 ところが、人間誰しもが過ちを犯すものです。日本経済の慢心と驕りが頂点に達した80年代後半、銀行に蓄えられた余剰資金の運用先は、投資から投機へ振り向けられました。巨大公共事業、地上げ、ゴルフ場、リゾート開発などに向けて、希望的観測に基づいた不適切な大規模融資が行われました。そして、バブルの崩壊をまねき、日本経済は失速し、「失われた90年代」へ突入しました。


図1 失われた90年代まで

失われた90年代

 「巨額の不良債権を抱える銀行」、「過剰設備と過剰雇用」、「電子産業における韓国・中国・台湾の台頭」、バブル崩壊の後遺症に苦しめられた90年代は、適切な金融政策が採られないまま、問題の先送りが続き、一部の企業は市場からの退場を余儀なくされました。しかし、あらゆる企業にとって「失われた90年代」であったわけではなく、覚悟を決めた多くの優良企業にとっては、「失われなかった90年代」とも言えるでしょう。

パラダイムシフト

 不良債権を抱えた状態のまま、「時価会計」や「自己資本比率の規制」などのアングロサクソン型市場システムの導入を迫られたことによって、
   @銀行からの融資の制限(貸し渋り、貸し剥がし)
   A持ち合い株式の解消
という行動が促されました。 そして、従来の間接金融システムは機能不全に陥りました。
 さらに、
   B規制緩和による競争の激化
   C株式交換によるM&Aの脅威
などの外部要因が加わったことで、日本の株式会社は、突如として、グローバル資本主義市場に放り出されました。
 この結果、企業は直接グローバル資本を調達する必要に迫られるとともに、外国の強大な資本に対して株価を安値のまま放置することはできなくなりました。つまり、「間接金融から直接金融へのパラダイムシフト」が起こったことによって、企業は、資本効率を追求し、財務の透明性を高め、資本家に対して適切なリターンを生み出さなければならなくなったのです。 
 こうして、日本株式会社の中に存在した社会的コミュニティーは衰退し、人間にとって会社は、必ずしも社会的に居心地のよい空間ではなくなりました。 ”会社=社会”から、”会社=会社(利潤を追求するための組織)”への変化が起こったわけです。つまり、資本がより利己目的化したことによって、マルクスの言うところの「資本家による剰余価値の搾取」の度合いが高まったとも考えることができます。

時代 パラダイム 金融システム 会社 社会 資本家
戦後〜90年代 日本型社会資本主義 間接金融 規模拡大、社会の維持 潤いのある社会  物言わぬ資本家
21世紀 グローバル資本主義 直接金融 利潤追求の徹底、選択と集中 乾いた社会 リターンを求める資本家


図2 21世紀のグローバル資本主義

資本主義を考える

 こうして日本経済は初めて、本当の意味で、資本主義にさらされる事になりました。そこで資本主義とは何か?ということを、もう一度我々は考える必要があります。
 17世紀のイギリスで、東インド株式会社が誕生した時、その資本供出の担い手は領主や貴族でした。さらに19世紀に産業革命が起こり、労働生産性が飛躍的に向上するとともに、工場や鉄道建設のため巨大な資本投下が必要になりました。そこで、本格的に資本主義システムが機能し始め、多くの資本家が登場しました。しかし、まだ一般庶民が資本家になるにはハードルの高い時代でした。資本家になるには元手が必要となります。今日の日本では、1400兆円の個人金融資産の存在、本格的な資本主義への転換と、個人が資本(株式)市場に参入できる条件がそろいました。
 資本主義とは、資本を有する者が、その資本によって会社(社会)の一部を所有し、社会が生み出す利益を享受しながら、安定的・継続的に、その地位が保全されることを可能とする巧妙なシステムです。資本家は、資本主義システムによって、部分的に社会(ゲゼルシャフト)を所有することが可能となるのです。それは、民主主義が存在し、戦争にでも巻き込まれない限りは、半永久的に保証されている権利です。自由主義・民主主義が確立された国家において、資本さえ有すれば、誰もが資本家になれるチャンスがあるということです。逆に言えば、資本家として投資をしなければ、資本主義社会における重要な権利を一つ放棄しているのと同然と言っていいでしょう。
 しかしながら、今日の米国主導で進むグローバル資本主義が、あまりにも多くの犠牲の上に成り立っているのも事実です。軍需産業に投資する資本家にとっては、戦争やテロこそが利益の源となるからです。兵器の需要を高め、リターンを生むためには、有事を喧伝し国民の不安をあおり、世界中のどこかに敵を作り続ける必要があります。このような過度に利己主義化した資本は、世界平和にとっての脅威となっています。これは極端な例ですが、つまり我々は、「人として何が正しいか」をも見極めた上で、投資行動をとらなければなりません。  

なぜ今株か?

 グローバリゼーションが進行する今日、我々は多くの社会的な恩恵を失いつつあります。 年功序列・終身雇用制度の崩壊、平均賃金の低下、年金制度改革、医療制度改革、公社の民営化など、我々の社会は、資本効率は向上したものの、多くの歪みを生み出し続けています。 自殺者の増加、若年層の不就労、失業者の増加、少子化、老後不安の増大など、日本社会は平均的に見て、住みにくくなったと言えます。 
 この社会的損失を埋める手段の1つが、”株式投資”ではないでしょうか。つまり我々は、今まさに1400兆円の金融資産を解放し、資本家として自立しなければならない岐路に立たされているのです。確実に年金が減る将来、日本人の平均寿命は今より延びているでしょう。そんな中で80歳、90歳まで生きていけるのか、大変不安な状況です。 頭脳明瞭な若いうちに学習し、自立した投資家(資本家)になることは、きわめて重要なことと言えます。もっとも、一部の優良企業や公共団体に就労している知識労働者にとっては、そこまで大げさに考える必要がないかもしれませんが。


図3 グローバリゼーションの進行

個人投資家の進む道

 「インターネットの普及」、「株式売買手数料の自由化」によって、個人投資家であっても機関投資家と同じように、機動的な投資行動をとることが可能になりました。株式市場は、システム上ほぼ純粋な自由競争の場と言えます。複数の市場に数千の銘柄が存在し、勝敗の行方を左右する要素は無数にあります。個人投資家にとって大切なことは、”自分の投資スタイル”を確立することではないでしょうか。そして来たるべき、大資本主義の時代に備えなければなりません。

というわけで、たとえ個人投資家であっても、

    @資本主義を理解する。
    A株式市場を理解する。
    B自分の投資スタイルを確立する。

という順で、大局的な世界観をもって、市場に挑みましょう。


もどる